2012年5月14日月曜日

松本陽子の絵画


松本陽子の絵画の特徴として、薄い塗りとともに表面の乾いた質感がある。日本近代洋画の湿った不透明な油絵の具の表面とは異質のものだ。

 ピンクの作品の場合、雲のように手で触れることのできない空間を生み出しながら画面は綿キャンバスの織目とアクリル絵の具、メディウムのからみ具合が塗りと拭き取りによる制作のなかでざらっとした乾いた質感を現していた。ふわふわとした空間、ピンクというとらえどころのない色彩がただ求められているのであれば、平滑な仕上げが求められただろう。

しかし、この質感。使われている綿キャンバスとアクリル絵の具という素材もあらわに、キャンバス表面を確固としながら同時に明暗によって手で触れることのできない空間が生み出され、ピンクという色彩は塗られて明示されるというのではなく、触れることのできない空間と一緒に現れてくる。その色彩は物質とは異なる世界からやってくるかのように、ピンクのようなとは言えても、ピンクだとは断言しにくい様々な色彩をはらみながらたち現れてくる。

拭き取りによって現れる下地の白を明度の頂点として透明な色彩が重ねられる用法はフランドルのファン•エイクが確立した初期の油絵技法をも想起させ、この点でも日本近代洋画の不透明な油絵の具の用法とは異質だ。 また、松本がアメリカでフランケンサーラーの絵画に見たもの、それはステイニングという物理的方法ではなく綿キャンバスの明るさと輝きを明部とする視覚体系であっただろう。フランケンサーラーを通して初期油絵技法の透明な色彩を呼び起こしている。

緑は今年2012年1月ヒノギャラリー個展以前はもっと物質的であったように記憶している。とりわけ新美術館で見た際は、ピンクの後に見ることになっただけに、より固い印象で、暗く物質的な表面として感じられた。少し不透明感のある緑と、描画の際に油絵の具とともに使われている木炭も表面を強く感じさせていた。しかし、綿キャンバスとジェッソの地塗りによる画面は暗くはあってもべたついた暗さではなく熱く乾いていた。

ヒノギャラリー、今回の高島屋美術画廊Xと緑は薄い絵の具の塗り重ねによって、表面からより深い空間の創出に向かっているように思える。拭き取りではない、柔らかい筆を使った薄塗りによる塗り重ねと塗り残しによって画面の奥から現れ出す色彩になっていると思えた。

画面が垂直に立てられて筆で描かれる方法によって、空間はピンクの諸作品に比べて垂直性と水平性をより強めているが、古い絵画空間とは異なる、目とともに生起する乾いた色彩と空間が現れているようだった。

* 写真は「ペールブルー」1995