2012年11月13日火曜日

絵画と三次元、ピカソの場合−1


キュビスム期のピカソにおける絵画と彫刻、コンストラクション

カービングやモデリングによる伝統的彫刻とは全く異なる、絵画から出現した3次元の制作はピカソによるコンストラクションから始まる。日本では実作をいつも見ることはかなわないが、2008年に世界巡回展があって、2月にスペインのマドリッドにあるソフィア王妃芸術センター、10月には日本の国立新美術館およびサントリー美術館で見ることができたピカソ展(パリの国立ピカソ美術館の所蔵品による)と、Picasso and Braque, PIONEERING CUBISM, William Rubin, THE MUSEUM OF MODERN ART, NEW YORKの図版を見ての分析、記述となる。

Woman's Head (Fernande).Paris, autumn 1909(写真1)では女性の頭部が分析的キュビスムの初期スタイルの彫刻として作られている。
この彫刻のためと思われるデッサンが3枚確認でき、正面から見られたものは単色のものと部分的に着彩されたものとがあるが、とりわけ着彩されたもので、ヴォリュームはありながら各部分が平坦になり始めている。後ろからの1枚は鉛筆と木炭で描かれていてヴォリューム感が強い(これはマティスの彫刻を思わせるところがある)。
彫刻の方は、伝統的彫刻に近く一体化されてはいるものの、顔と髪の毛がキュビスム風に鋭角的な小さなヴォリュームになりながら、実際よりも薄く平たいものになり始めている。
写真1
Maquette for Guitar. Paris, [October] 1912 Construction of cardboard, string, and wire (写真2)ではギターが厚紙と紐、針金で作られている。形体は厚紙による平たい形に分割され再統合されていて、当時のキュビスム絵画、とりわけコラージュの形体と浅い空間そのままに三次元化されている。ボリュームは現実と同じ凸部としてではなく、凹部の陰影によって表現されている。この作品こそがコンストラクションという新たな三次元、彫刻の始まりである。
写真2
ピカソのアトリエの壁に、テーブルや瓶といった他の要素と一緒に三次元化された絵画として設置された写真(写真3)があって、こちらの年代は1913年初頭になっているが、Maquette for Guitar の状態から考えると、元々写真3のように形作られたものではないかと推測する。そのギター部分のみが単独で独立させられた、写真はその証拠としてピカソ本人によって撮影されたのではないだろうか、という推測をする。
写真3
他の要素があった場合には、対比によって厚紙の色がギターの色としての表現として感じられる度合いが強まる。しかし単独の場合、伝統的彫刻同様、素材としての厚紙の色として感じられる。これは彫刻における素材と色彩のルネサンス以来の伝統と言える。その点においても、ヴォリューム表現ではないものの単独のものという統合においても、このギターは三次元化された絵画というよりもキュビスム絵画から派生、誕生した彫刻として最終的には成立させられたように感じられる。

Woman's Head (Fernande).Paris, autumn 1909(写真1)において薄く平たくなり始めた部分のヴォリュームが、このギターにおいて完全に平たいものになっている。そして量感を持たない平たい「皮膚としての表面」(グリーンバーグ、上田高弘訳、藤枝晃雄編)になった時、素材が量としての粘土から平たい厚紙へ、使う道具も粘土ベラからハサミへと変化している。また、この作品の形体はハサミによって切られたたどたどしさが残されている(とりわけギター左右の曲線的形体)が、この特徴的な形はハサミを使用するコラージュのみならず、後に筆によって描かれたピカソの絵画においても大きな特色になっていくものだ。

続くGuitar. Paris.[Winter 1912-13] Construction of sheet metal, string, and wire写真4)においてMaquette for Guitar は、ブリキ板によって再制作されてコンストラクションとしての彫刻のあり方が完成される。
この作品はMaquette for Guitarとほぼ同様なのだが、いくつかの変更がある。Maquette for Guitar 上部に認められる筆で描かれた陰影のようなものがなくなっていることと、ギター下部にある手前に直角に突き出す四角形の部分の追加である。
Maquette for Guitar が壁面に設置されたレリーフ状の絵画からそのまま取り出された、あるいはそれだけが残されたものであり、最初の段階で存在していたギター下部と一体化しながら存在していた斜めに手前に突き出すテーブルがなくなっていることの解決策と考えられる。
Guitar では、テーブルが果たしていた深さ、厚みといった空間的機能の代わりとして、手前に直角に突き出す四角形の部分が付け加えられたと思われるのである。
筆で描かれた部分の排除、素材としてのブリキの質感と色彩のままであることも彫刻としての伝統に従ったものと考えられる。
写真4

また、Woman's Head (Fernande)におけるデッサンの線が何本も引かれてボリュームを暗示するのに対して、Guitarの時期のデッサンでは線が整理されて一本になったものもあり、後のワイヤーコンストラクションすら暗示する。ピカソの場合、絵画と立体=彫刻は強い関係があり相互に影響しあっているのだが、Maquette for Guitar Guitar はその関係において、彫刻としての伝統に従いつつコンストラクションという新しい彫刻としての、三次元における形式を作り出している。
(古川流雄)