2017年2月7日火曜日

「山田正亮の絵画」私論  ーWorkC.73とWorkC.77ー

今、東京国立近代美術館で回顧展が開催されている山田正亮についてはこれまでに数多の批評が書かれ、今展カタログにも詳細を極めた論評が載せられている。にもかかわらず、一作家の僕があえて書くのは、学生の頃から意識にあり続ける作家の作品について、この機会に自身としての考えをまとめておきたいと思ったからだ。1980年前後、大学院も終わる頃、学内の守旧的な作品とも、ことさらに現代的であろうとするような作品にも馴染めないでいた頃、自律的な制作に基づく山田の作品は大きな光明となった。

心の中心は1960年から1978りまでの作品が持っている、否定性を孕んだ画への意と、それ故に生まれた作品群だ。
絵画への否定性は抑制的で静かな画面を生み出し、キャンバスと油彩というメディウムそれ自体のエロティシズムが自的に立ちれる表に至っている。

山田の画の、抑制的ではあっても絵筆で描くことを保ち続ける経験的な性格と画への否定的な意識が最も的にびついて、高い緊張倒的な異質=オリジナリティをせているのが1960年に制作された端にのフォマットに多色の横ストライプが描かれている2点の作品Work C.73Work C.77であると思う。今回展示でも久しぶりに見ることができたが、同時期の他のストライプ作品と間隔も狭く並べられてしまっていることで、若干その独自性が見えにくくなっていたかもしれない。


WorkC.73   1960


WorkC.77   1960




一見同じように見えかねない山田のストライプ作品だが、作品個々の表現の性格は異なる。このよく似た成り立ちの2点の作品も色彩の組み立てにおいては異なっていて、Work C.73は少し暗い青と緑に対して明度の近い赤が強い色相対比を見せて、後年のWorkC.355Work.C400前後の作品群の、近い明度での色相対比につながる。Work C.77では青系統とイエローオーカー系統の色彩が、それぞれ明度のバリエーションを見せながら静かな対比をなして、後年のWorkD.92WorkD.100の、明度対比によるストライプの作品群につながる表現を持っている。
ちなみにWorkC.355Work.C400では画面上端のストライプの幅が狭くなっていて、物理的なキャンバス平面と描かれた視覚的な画面にズレが生じることで、描かれた画面の視覚性の担保が為されていて、一見したところ似て見えるミニマルアートの先験性、演繹性とは無縁であることが分かる。
対して、WorkD.92WorkD.100ではストライプ幅が広くなると同時に同じ幅になって先験性が強まる。比較するとWorkC.355Work.C400の方がより山田の独自性が強いように思われる。


WorkC.400                          1969


WorkD.100                            1972


Work C.73Work C.77の「ストライプが一に引かれる必要があった(本人)用したのだというその異様に狭い縦長のフォマットは、側面で確認できるようにドンゴロスと思われる荒い麻布がられて、描かれた後でも表面に荒い毛羽立ちの影く残っている。筆跡両脇頻発するの具の盛り上がり、溶剤が多い場合に生じる絵具の垂れなどのメディウムの感は、日本近代洋画の油具の質そのままに、しかし、フォーマットと表面の毛羽立ちとともにかつてたことのないな「何か」に変容し、作者から離脱した作品それ自体の強い自発的エロティシズムが立ち上がる。ストライプを横に引くということだけに限定、抑制された描くことと、通常の絵画空間を生じさせないほどに幅の狭い縦長のフォーマットを採用していることによって、絵の具とキャンバスは強いエロティシズムを持った肉体と化している。

自然に生じたかに見える絵の具の「盛り上がり」、「垂れ」は、制作中に作家自身に意識されコントロールされているように見える。古い油絵具の用法そのままに、盛り上がりと垂れなどによって立ち上がるこのメディウムの自発的なエロティシズムの発現は、日本近代洋画の最後の到達点であると同時に、日本における現代美術のひとつの出発点ともなるものに思える。
絵筆で描くことを横方向に色帯を描くことだけに限定することによって、近代洋画の絵の具とキャンバスはそれまでありえなかった肉体の自発性を獲得、絵画のあり方を変容させている。

ストライプは画でありながら、自由に描くことへの否定、抑制をせている。そのことはアメリカのミニマルアトにも近いのだが、山田の合、常に描くことの昧さを残し、絵筆で描くことの範囲で起こることを中心に見ているように思えるところが、演的で断定的なミニマルアトとは大きくなっているように思う。この昧さを画であることへの留保とも言えるだろうか。

さらに、山田の油具の使用方法と感、メディウムへの感が、明治以来の日本近代洋画そのままであることが、ミニマルアトに端的に見られるようにメディウム、素材のあり方においても感覚を一新したアメリカ20後半の画と大きくなっているところだ。制作におけるメディウムへの感においては古いままに、しかしそのあらわれ方を変容させた独自な表に至っている。それは日本近代の感覚を、そのまま現代に変容させたとも言える。

この感の古さとも言えるかもしれないメディウムへの感が、画への否定性とバランスを取ることで新しい芸術のありかたを成立させ、かつ画への否定性が近代の絵の具の感覚を別次元に変容させるという、微妙で独自なバランスの上に立っているのが山田のこの時期の芸であり、唯一無二の独自性である。

                             古川流雄(美術家) 


2015年10月8日木曜日

「絵画以後」の芸術類型 ーフランク・ステラを一例としてー


「絵画以後」の芸術類型
ーフランク・ステラを一例としてー

1970年代末から1980年代初頭には「絵画以後」という概念による芸術の新たな類型への思考が確かにあった。
今はすっかり忘れ去られたその動きこそが私自身の芸術の基盤になっている。

1980年秋、藤枝晃雄氏によって企画された「感情と構成」展、それに先立つ同氏の『現代美術の展開』はフォーマリズムとアンチフォーマリズムの接合点という位置の存在とその可能性を示唆していた。それこそが「絵画以後」の芸術類型の立ち位置ではなかっただろうか。
1983年と1984年には早見堯氏による「内面化される構造」展があり私も参加させていただいていた。その概念的立脚点も近い場所にあったと理解している。しかし、この芸術上の新たな位置は、その後に美術界を席巻することになる新表現主義をはじめとする、芸術としての理由なき絵画の流行と市場主義によって忘れ去られて行くことになる。 

「絵画以後」という概念は絵画を否定するものではなく、絵画のあり方に意義を申し立ててそれとは異なる視覚表現を志向する、絵画の視覚を編み直すと言った方が良いだろう。その一例になるのがフランク・ステラの展開だ。シェイプトキャンバスはそれ以前の絵画が無条件に前提していた枠の形、方形ではなく、描かれた形態がそのままに現前する新たな絵画のあり方を示した。その後、さらに表面がやはり以前の絵画で無条件に前提され疑問視されることもなかった平面から離れ、様々な角度を持ったパーツが重なり合い全体を編成するレリーフコンストラクションとして、現前を三次元で作り出している。近年ではレリーフコンストラクションにまだ残存していた平面の名残り(パーツが平らなアルミハニカムから切り出されていることによる)が払拭されて、曲面になっているのは当然の成り行きに思われる。その曲面になったパーツも鋳造による彫刻的なものであったものが、最近では三次元の薄い膜状になっているのが私としては興味深い。


Frank StellaEmpress of India1965
© 2015 Frank Stella / Artists Rights Society (ARS), New York


Frank StellaKastura1979
© 2015 Frank Stella / Artists Rights Society (ARS), New York


ここに至って大きく変化、浮上しているのは、作品とともに芸術を成立させる観照者の身体、そして時間との関係である。
以前の絵画では画面の正面、作品を一望できる中央に立つことが基本であり、そこから眺められることが前提されている。観照者は通常その場所から作品を一瞥することでひとつの確定したイメージを持つことが想定されている。そこには観照者の身体と時間の関与はさほどなく、視線、視点が重要になっている。

ステラのレリーフコンストラクションでは観照者はひとつの場所で見るだけでは作品の有り様全体を把握することはできない。作品との距離を変化させ、また左右に自らの身体と視線を移動させたりしながら作品の有り様全体を把握しなければならなくなる。観者の身体の動きとともに生起する観照の時間の中で感覚体験を持続的に積み重ね変化させて、その感覚体験全体において作品の表現を把握することを、当の作品そのものが求めている。

この作品と観照者とのあらたな関係は、ポロックとニューマンの巨大なキャンバスによって先駆的にあらわれている。とりわけポロックにおいては作品の生成プロセスもまた制作者の身体の関わり方、メディウムのあり方を変容させている。ステラの作品はその新たな視覚芸術の姿を、さらに通常の絵画から離れたあり方によって明示するものであるだろう。

Jackson PollockOne: Number 31, 19501950
© 2015 Pollock-Krasner Foundation / Artists Rights Society (ARS), New York

Barnett NewmanVir Heroicus Sublimis1950-51
© 2015 Barnett Newman Foundation / Artists Rights Society (ARS), New York



重要なことは、単に身体の移動を伴うというのでは終わらない、身体の移動が時間とともに空間=場を生成させ、感情もまた分離できない全体として生成する、身体が主役となる意識形成という事態をもたらす芸術の構造なのだ。身体が主役となった感覚態(=あらわれ)として芸術が出現するということ。これこそが絵画以後の視覚芸術における最も重要な事態であるように思う。
                                         (古川流雄/美術家)

注:インスタレーションも同じだろうという向きもあるかもしれない。しかし、インスタレーションでは空間の存在が前提されて、作品が付加的になる点で今回問題にしている事態とは異なるように思われる。

今回書いた事の多くが桑山忠明の作品にも共通するように思われる。ただ桑山の場合、複数パネル時代から現在のインスタレーションのうちの壁面作品において、より物体的ではあっても絵画の平面が踏襲されてもいるように思われる。平面的なあり方以外は、今回書いた身体と時間が主役となる感覚的な芸術という経験の構造において重なる。名古屋と葉山でのインスタレーション作品は身体と時間と感覚の関係を深く考えさせるものであったように思う。

2015年3月9日月曜日

EVA HESSEと山田正亮  ー 襞 ー

エヴァ・ヘッセと山田正亮
  ー 襞 ー

再びエヴァ・ヘッセについて、襞にからめて少し書きたい。

前回2014年12月ブログに「樹脂の使用には、単なる素材としての意味に留まらない新しいミディアムとしての樹脂の可能性、そして新たな構造につながる形態の可能性が感じられる。」と書いたのだが、これは不十分で不正確な書き方だった。
単に「新たな構造」ではそれまでの芸術形態、形式内部の話になってしまう。ここは「新たな芸術の形成に関わるあり方」と書くべきだ。

いまエヴァ・ヘッセについてどのような評価があるのか私は知らないのだが、昔、語られていた範囲ではミニマリズムの少し変わった作家というようなことだったように記憶する。またはフェミニズムと結びつける見方もあったのか、批判する言葉を聞いたこともあった。

前回ブログではポロック、ルイスと続くミディアムの自発的形成力に続いて、それを3次元の形態に移行させた制作としてエヴァ・ヘッセを取り上げたのだった。同じ視点はロバート・モリスのアンチ・フォーム(フェルト作品)も持っているが、ものの状態の強調なのか、一時的な形態として可変的素材であるフェルトが使われている(インターネットで画像検索すると、以前は見た記憶のない色彩を重ねたフェルト作品もあって、あれは最近制作したものなのだろうか)。 

「歪みの導入=FRPによる自由な形成」とも書いたのだが、これにも間違いがあった。
画集を良く確認してみたら gum rubber mold cast を使用しているので型は使っていた。ただ、先端部分の変形は型とは無関係である。

それよりも重要なことは作品をかたちづくる襞と樹脂だ。

「Sans Ⅱ」1968はエヴァ・ヘッセの代表作と言われるべき作品である。
全体ではおおよそ96,5x655,3x15,6cm、5ユニットからなり1ユニット96,5x218,4x15,6cmとなる。
歪んだ棚のようなそれは、2種類の襞によってかたちづくられている。
外周と中央に横一線に貫く襞と縦に多数並ぶのが大きな襞であり、それによってかたちづくられた上下2段の長方形を横に貫いて視覚的に上下に分けるのがずっと高さも低くて薄い襞である。
作品全体がFRP(ガラス繊維とポリエステル樹脂で作られているので琥珀色に光を透過しながらぬめぬめとした光沢も持っている。
この襞は予め存在する全体を部分に分離、分割しているのではなく、ちょうど受精卵が発生の過程で細胞分裂を起していくかのようである。高さと厚さの異なる2種類の襞があることがさらに分裂過程であるように感じさせる。5ユニットであることもこの分裂の結果としての全体に適う。ぬめぬめとした質感も含めて生物の発生過程に近しいものであることを感じさせる。樹脂の透明感が、部分が部分として分離してしまわない印象をさらに強める。

襞、数の起源としての刻み込まれた線状とも相同的なもの。ヘッセにおいてその始まりは1968年夏に制作された「Area」だろうか。長いラテックスが折り目を付けるように何度も折られ壁から床に広がる。続く「Seam」では襞は中央にあり、やはり壁から床に延びるが、こちらは襞が縦に長い作品を縦断するように中央にある。これは分割ではなくまさに襞の発生だ。外周の形が強いのだが、中央の襞は手前に突出して平たい周辺部よりも存在感が強い。作品全体を生成させる襞と言える。襞は凸、こちらは凹なので逆なのだが大陸のプレートが押し広げられる大地溝帯を思い起こしてしまう。
このヘッセの作品は中央にジップを持つバーネット・ニューマンの「Be Ⅰ」を強く想起させる。

「Area」1968

「Seam]1968

「Be Ⅰ」1949

日本においてこのような作品を制作していたのが山田正亮である。

最もエヴァ・ヘッセを想起させるのが1967年に制作された、Work Cp-413という紙を折って広げられ、明るい灰色(単に灰色なのか、メタリックなグレイなのか印刷では判別できない)の油絵具?が塗られた作品だ。紙の折り目が襞状に突出して、平面作品というよりは3次元と言ったほうが良い作品である。中央部縦に一本通る襞が水平に繰り返される襞を分ける。この中央の襞によって紙の外形から演繹される分割とは異なる、襞それ自体が生れ出ることで広がりとしての表面を押し広げるようなあらわれになっていると思う。エヴァ・ヘッセの「Area」と「Seam」を足したような作品である。

「Work Cp-413」1967

 
その時期のものと思われる山田の紙の作品について文章を残しているのがジョセフ・ラブだ。1981年に出版された「山田正亮 絵画1950-1980」に「山田正亮」と題して「正確な正方形や長方形に折りたたまれた白い紙の作品を見た。そこには概念的なものや純粋に数学的な要素は見られなかったが、黄金分割に近づきながら決して正確に到達しえなかったギリシャ神殿の正面の比率に見られるのと同様の極限の不可欠性の体験があった。見る者に瞑想的な姿勢を呼び起こす静謐さがあった。何かを教示しようとするのではなく、そこにあるのは見る事だけであった」という美しい文章を残している。

今の私は、ヘッセや山田の作品にある「自己生成性」とでもいうべきあらわれに興味がある。そこにメディウムの自発性、自己形成性が一体になった地点を見ている。

(古川流雄:美術家)

参考
1、『EVA HESSE 』 Lucy R. Lippard    New York  New York Univercity Press 1976
2、『山田正亮 絵画1950-1980』 山田正亮画集刊行会 1981
3、『WORKS  YAMADA MASAAKI』 美術出版社 1990

  

2014年12月10日水曜日

EVA HESSE(エヴァ・ヘッセ)  ー 樹脂(FRP)というミディアムの出現ー



EVA HESSE(エヴァ・ヘッセ)  ー 樹脂(FRP)というミディアムの出現ー

初めてエヴァ・ヘッセの作品を見たのは1976年、当時池袋西部デパートにあった西武美術館での「アメリカ美術の30年:新しきものの伝統/ニューヨーク・ホイットニー美術館コレクションから/アメリカ合衆国建国200年記念」展ではなかったか。カタログがあったはずだのだが、見つけ出せない。

この展覧会で私は初めてアメリカ現代美術を、ある程度まとめて見る事ができた。充分理解できないままに、それでも見ていた感覚は今もリアルに残る。ニューマンの、マスキングテープで白と青に塗り分けられた壁のように不透明な表面は、それまで見ていたどんな絵とも異なり目の前に視線をはね返すように、ただあった。ポロックの作品も並んでいて、その時はとてもきれいとは言いがたい印象だった(ニューヨークで大きな作品を見た時にはこれほどにもきれいで官能的な作品があることが信じられないと思えたのに、日本で見るポロックはあまりきれいに見えないのが残念だ。良い作品が来ないせいなのか、空気中の湿度の違いなのか)。それらの作品の中に、歪んだ棚のようなエヴァ・ヘッセの樹脂による作品があったと記憶しているのだが。ぬめぬめとして気持ちの悪いような質感だったことを思い出す。

その後1983年夏、ニューヨークに絵を見るために行った短い旅行の際に、再びエヴァ・ヘッセの作品に出会っている。ホイットニー美術館だったか。
この時は資料として画集やカタログを購入して重たいトランクで帰ったのだが、その中にMoMAで購入した「EVA HESSE」があるのは、自分で樹脂を使い出す直前の時期で興味を持ち出していたのだろうと思う。その後、この本はずっと私の手元にある。同時にMoMAで購入した画集中には、旅行中に見たなかで最も興味を抱いたジャクソン・ポロック、バーネット・ニューマン、モーリス・ルイスなどがあり、どの作家も今も私の深い関心の対象であり続けている。

Eva Hesse    SansⅡ   1968

1980年前後という時代は、現代美術において再び感覚的な領域での積極的な表現が求められ、試行され始めた時期である。
アメリカのARTFORUM(September1980)に掲載された「Energism:An Attitud, by Ronny H.Cohen」というエッセイ、日本での藤枝晃雄企画「感情と構成・展」などがその状況を良く伝えていたと思う。それを継承したと考えられるのが「内面化される構造」展で、こちらは早見堯企画、この展覧会は私も参加していてとても感慨深いものがある。床の上の作品を発表したのだった。彫刻、絵画という伝統的な形式の終焉を敷衍したと考えられるミニマルアート、コンセプチュアルアートの、さらに後の表現とそのあり方を探す時期であり、アメリカにはリンダ・ベングリスやFRPの可能性を見せていたTom Butter(何年か後に日本で実作を見た憶えがあるのだが、記憶違いだろうか)などもいた。

Benglis     ModernArtNo.1      1970-74

 
Benglis    Victor       1974

この時期の樹脂の使用には、単なる素材としての意味に留まらない新しいミディアムとしての樹脂の可能性、そして新たな構造につながる形態の可能性が感じられる。
1980年に先立つ1968年というミニマルアート後期のEVA HESSEによる樹脂、FRPの使用は最も早い使用例のひとつではないかと思われる。それ以上に「SansⅡ」や「Repetition NineteenⅢ,1968」に見られるような、型を使用しない(訂正;画集を良く確認してみたらgum rubber mold castを使用しているので型は使っているようである。ただ、先端部分の変形は型とは無関係ではある)FRPの使い方によって出現する「ゆがみ」の導入(まだおずおずとしたものであったにせよ)は、作品全体としては依然ミニマルアートの構造の周辺に留まるにしても、充分に新しい表現形態の出現を予感させるものだったと思える。
(今回の主題ではないので詳述しないが、ミニマルアートにおける繰り返しの構造を「襞(ドゥルーズ)」として読む時、エヴァ・ヘッセの樹脂作品の形状は、単に素材を変えたのではない、襞としての作品のあり方をより明確にするものがあったように思える)

SansⅡ   1968   部分
この型を使用することのない、樹脂(FRP)による自由な形態という方向をさらに押し進めようとしたのが「Energism:An Attitud, by Ronny H.Cohen」でも触れられていたTom ButterのFRPによる作品だったとも思えるのだが、その後の展開が全く伝わらないのは残念なことである。
同様に、樹脂ではないが形態と構造において思考の方向性が共通するように思われる三次元の不思議な形態のキャンバス作品を、当時銀座にあった鎌倉画廊で展示していた斎藤隆夫のその後の展開も見ることがないのは残念だ。
三次元における絵画的感覚を実現しようとする作品は、フランクステラ以外展開を持続している作家はほとんどいない(そのステラにしても形態は先験的に決定されているのだが)。

Repetition NineteenⅢ      1968
TomButter  I.D   1981-2

 「歪みの導入=FRPによる自由な形成」による作品が生まれる前に、ジャクソン・ポロックの制作の中で絵画において初めて流動的なミディアムの力を最大限に生かした作品が生まれている。ポロックの制作中の映像を見ると、中空で放たれるエナメルが画面上に着地、着床する形状をコントロールしようと、筆(あるいは棒?)を細かく左右に振る様子を見る事ができる。
ポロックの制作では、キャンバスは床に水平に広げられていた。その水平面こそが重力によって落下するエナメルの流動性を受け止めて、それまでにない表現を作り出していたのだった。

ポロック作品


そのポロックの方向をさらに押し進めたルイスに至って、制作中の画面、キャンバス面はついに平面である事すら放棄され、ミディアムの流動性を受け止めるのみならず、共同して流動性を作り出すべく撓められ皺をつけられ、同時にミディアムの浸透によって一体化する、キャンバスそれ自体が基底材からミディアムの一部に変貌したのだった。ここからエヴァ・ヘッセの、樹脂の浸透するガラス繊維へはあと一歩だ。
ただ、ポロック、ルイス共に最終的には木枠に張られた状態での絵画として提示しているのだが、それは作家的、時代的な限界であったと考えることも可能ではないか。稿を改めて書きたいが、ポロックとルイスが採用し、展開したステイニングは余白があってこそのステイニングであり、余白のないステイニングは単なる技法に堕したアカデミズムにしか見えない。

ルイス作品
Morris untitled 1969

ミニマルアートの作家として有名なロバート・モリスがその後提唱した「アンチフォーム」は、ポロックとルイスの制作の方向を、さらに三次元の方向で確認したものと言えるだろう。物体的なものとして留まっている限界はこれもまた作家的、時代的なものか。

ポロックによるミディアムの流動性と、それに続いたルイスによるキャンバス自体のミディアムへの変化・変容、ロバート・モリスのアンチ・フォームこそが、型を使わない樹脂による自由な形態の前史であったのだと思う。
                                     古川流雄(美術家)


2014年11月6日木曜日

マネ   ー ミディアムの浮上 ー

マネ  ーミディアムの浮上 ー

机の上の、目の前にあるマネの「シャクヤクと選定ばさみ」のポストカードを見ている。

マネ「シャクヤクと剪定バサミ」1864

今年、オルセー美術館展で見た絵だが、その前に三菱一号館美術館での「マネとモダン・パリ」でも見ていた。シャクヤクがたった今、切られて目の前のテーブルの上に置かれたかのようにしどけなく置かれて、一本の茎は逆さまになってさえいる。普通ならば絵のモチーフとしては花瓶などに生けられている花が、ばさっとテーブルに置かれていることで、その花の重量感さえもが生々しく伝わってくるのは、マネによるモチーフの扱いの常套手段とも言え、「オランピア」や「草上の昼食」での女性の裸の登場のさせ方の生々しさと共通するように思う。絵とは異なるが、ロバート・モリスのアンチフォームの作品、壁に吊り下げられたフェルト作品を思い起こすと言ったら言い過ぎだろうか。


ロバート・モリス「無題」1967ー68

シャクヤクは筆にたっぷりとつけられた油絵具によって描かれていて、花や葉のイメージはもちろん伝わってくるが、それ以上に油絵具の存在感、それも柔らなミディアムとしての特質が伝わってくる。油絵初心者が、絵具特有の質感を使い損ねている時のような、そんな生々しい感覚が見てからずっと持続している。マネの絵では油絵具によって描くことの、様々な生々しさがそれ自体表現として使い分けられているように思う。モチーフの扱い方と絵具の扱い方、その両面での生々しさ。

このミディアムの生々しい存在感はそのまま20世紀も後半の、モダニズム絵画に直接結びつくように感じられる。
蜜蝋を混ぜた油絵具によるエンコスティックで描かれたジャスパー・ジョーンズの星条旗、その後のブライス・マーデンのパネルの合成による平面作品。油絵具そのままではないが、生々しいミディアムの存在感という点でマネの油絵具の特質と共通性があるように思える。ジャン・デビュッフェのアール・ブリュットの絵具が、乾いた印象であることとの違いが面白い。一見、ミディアムを強調しているかに見えるジャン・デビュッフェの画面なのだが、結果として伝統的な油絵具のあり方に近くなっていはしないだろうか。例えれば、クールベとマネのミディアムの違いのような。

ジャスパー・ジョーンズ「石膏型のある標的」1955

マネの生々しいミディアムに関連して、もうひとつ思い起こされるのは1980年に開催された「感情と構成」展に展示されていた中村功の3枚のパネル連結による平面作品だ。正方形の大きなパネルが三枚接続されていて、その表面は混ぜ物(トランスペアレント・メジューム?)によって半透明なグリース状になった油絵具が、混色された暗い色調でさざ波のようにざわついていた。その展示以前にも当時京橋?の古いビルの最上階?にあって階段を歩いて登った現代芸術研究室で、小さいサイズの作品に出会っていたのだった。そのミディアムのあり方は、それまで見た事がなく衝撃を受け、思わず指で触ってしまった覚えがある(写真は「感情と構成・展」カタログ表紙と中村功1991年作品)。


「感情と構成・展」カタログ表紙 1980

中村功「意勢34」1991

ミディアムそれ自体が新しさを感じさせて表現となっていた。形式的なあれこれよりも手前で、語りにくい場所で、ミディアムは感覚に直結して分ちがたく語り難く目の前にあったのである。


このミディアムのあり方の先には、それ自体が表現のありよう全体に影響を及ぼして、視覚芸術を組み替える、そういう地点がある。

2014年10月9日木曜日

身体性の所在                            ーバレエリュス衣装とステラのレリーフ・コンストラクションー


身体性の所在
ーバレエリュス衣装とステラのレリーフ・コンストラクションー

前回ブログではマネのとりわけ絵具の生々しいあり方について、今目の前の’’あらわれ’’について書いたのだった。

マネの絵の場合、モチーフはあるので、モチーフのイメージと絵具の生々しさが拮抗しながら見えていて、小さなアスパラガスの絵や花の絵においてはその生々しさが際立っていた。肖像画として描かれているにも関わらず、クレマンソーを描いた絵では、比較的薄塗りの絵具がその塗りをそのまま見せてもいた。どんな絵でも絵具の状態とイメージは拮抗しているが、マネの場合はその拮抗状態を際立たせながら、絵具の生々しさをより感じさせる。マネの油絵具特有のぐにゅぐにゅした、ある厚さを持った生々しさ。我田引水の極論と言われるだろうが、樹脂の持つ生々しさと共通するものさえ感じさせられる。
今目の前のあらわれ、などというと例えばステラのレリーフ・コンストラクションなどのあらわれと同じかと言えば、それは違う気がする。マネの場合の生々しさには、その後の絵画の展開とは異なる見方が可能な気がするが、それは今回のモチーフではない。

フランク・ステラについて書きたいと思う。

ポロックの、染み込みと表面への留まりの両面を持った画面の焼き直しかと思える、ステラ初期の黒いエナメルによる画面、表面への留まりを強調したメタリックな作品。その後のこれもルイス晩年の焼き直しのような染み込みを強調した多彩な画面。ただし、ステラの場合はいずれも色域の機械的、先験的な決定があることがポロック、ルイスと大きく異なる。ミニマルアートと言われる所以でもある。

その後のステラのレリーフコンストラクションでは、雲形定規の形が引用されて様々な角度を持たせられて重なっている。色彩は基底材と言うか骨材というか、アルミニウム素材が使われているので浸透することなく不透明に表面に存在する。その表面にある不透明な色彩を更に強調するのが、表面で色彩を乱反射させてきらめく素材、ラメのような素材の使用だ。作品全体のあり方と表面が、今目の前にあることを強調している。
アカハラシキチョウ 1979

注目したいのは作品を構成する各パーツの角度である。見る者にたいして様々な角度を持たせられていて、平らな絵画における見る者の目に対する垂直性とは別の原理に基づいていることが理解できる。
絵画における画面の垂直性と平面性はイリュージョンのためだろう。であるなら、ステラの様々な角度を持ち様々な目との距離を持たせられたパーツによるレリーフ・コンストラクションは、絵画のイリュージョンとは異なる見え方、見方が想定されていることになる。

マネを見たオルセー美術館展と同時期に開催されていたレオン・バクストなどによるバレエリュスの衣装を見た時、思い出されたのはステラのレリーフ・コンストラクションの色彩と形だった。ここでは詳述できないが、衣装の形とそのなかの色域の形、ベースの色彩と加えられた色彩の関係がステラにとても良く似ているように感じられたのだ。この感想は友人の作家も漏らしていたので、多くの人が感じたことなのだろう。ラメなど、光り物の使用もまた似ていた。ただ、こちらは衣装では良く使われるものである。と考えて行くと、ステラがバレエリュスの衣装を見ていたのではないか?という推測が出てくる。また、レオン・バクストのデザイン画などの展示もあったのだが、こちらの方がさらに関係を考えさせられる気がする。


もうひとつ考えたいのは、ステラがバレエリュスの衣装を見ていたとしても根本的に異なる点があることだ。バレエリュスでは衣装はダンサーに着られて、ダンスにより動き続ける。見え方を様々に変化させ、舞台の照明によって光り方を変え続けることだ。舞踊における衣装とはそういうものだろう。能衣装もまたそうである。目の前の舞台において、シテ方の舞と一体になって、舞の動きそのもの、光の動きの時間となって体験される、その衣装。美術館において目の前に展示されて動かないバレエリュスの衣装、能の衣装は、本来の姿の抜け殻のようなものでしかないのだろう。

ステラのレリーフ・コンストラクションでは作品は動かない。ただし、見る者が動くのだ。見る者を動かす、と言ってもいいかもしれない。作品のまえでじっとたたずみ、そしてあちらこちら移動しながら作品を見る。その、見る者の動きの中で作品は様々な姿を見せ、見る時間の中での見え方の変化など多様な視覚体験、その時間の流れ、その全体像として作品は体験される。
一カ所で、画面の正面に立ってじっと見る、目に対して垂直かつ平面として存在して見られる、それまでの絵画とは異なる見方を要求している。それは、見る者にその身体性を要求している。身体において見る、体験することを要求しているとも言える。

しかし、ステラ以前にポロックやニューマンの大画面が、実は見る者の身体性、身体とともに見る事を強く要求していたように思う。その大画面の前に行くと、自然に画面の前で近づいたり遠ざかったり、左右に移動して眺めたり、そこで体験されることを全体として総合することになる、そういう見方。それが体験できたひとつの典型的作品がバーネット・ニューマンの『アンナの光』だったのだが、今はもう日本にはない。大変残念なことである。

1950年前後、絵画はそれ以前とは異なるあり方、見る者の身体性を要求するあり方を作り出した。そして、それからほぼ30年後に制作されたステラのレリーフ・コンストラクションは、見る者の身体との関わりから、さらには時間まで加わり一体となった、時空間の感覚としての視覚のあり方を明示しているように思われる。

                                 古川流雄(美術家)